国内外の観光客に人気の祇園をはじめ、八坂神社や清水寺などの歴史的建造物を擁し、観光地として市内でも屈指の賑わいを見せる東山。その一方で、“住むまち”というイメージは持ちにくいのかもしれません。
そのようなイメージを変えるべく、京都市の中でも人口減少が進んでいる東山区で、人口流出を抑制し、流入人口を増加させるために区民、事業者、行政の協働で立ち上がったのが「住んでこそ!東山プロジェクト」です。
今回は、民間と行政のそれぞれの立場からプロジェクトに関わる3名の方にお話を伺います。
冨浪悠佳さん(東山くらしよし お試し居住担当)
東山区で生まれ育つ。中高生時代は海外で生活し、帰国後東山区に戻る。ゲストハウスやネット販売事業などを手掛け、2023年、東山区にシェアキッチンや民泊、レンタルスペースを併設したオーガニック食品がメインの量り売り店「the kind」をオープン。小原亜紗子さん(東山くらしよし 代表・住まい探し担当)
京都生まれ。2017年から東山区に居住し、個人で不動産業を営む。東山区内で「東山区まちじゅう図書館プロジェクト」、「ひがしやましゃべくり大作戦」などを仕掛ける。2023年に東山区への移住サポートチーム「東山くらしよし」を立ち上げる。
参考記事:https://kyoto-iju.com/column/ba_27和田野美久仁さん(東山区役所地域力推進室 企画担当)
京都市職員。2021年度より東山区役所に赴任し、現在の部署に配属。市民しんぶんの作成やまちづくり関係の業務、基本計画などが主な担当。「住んでこそ!東山プロジェクト」にはスタート時から携わる。
――「住んでこそ!東山プロジェクト」の概要について教えてください。
和田野さん 東山区は京都市の11行政区の中で、最も人口減少が進んでいます。なんとか食い止めていこうという中で「住んでこそ!東山プロジェクト」を実施しています。2021年(令和3年度)から取組を始め、初年度はさまざまな方にお話を伺い、現状の調査をしてきました。
和田野さん その中で、東山区にはファミリー向けの広い住宅が少ないことや購入費用の高い物件が多いことが住むためのハードルになっていることなどが浮かび上がってきました。その反面、豊かなコミュニティや、路地が多いこと、京都らしい文化が根付いていることなど、住みやすさの指標としては表れにくい部分に魅力を感じて住んでいる方がいることも分かりました。
そういった魅力をどうすれば伝えていけるのかという意見を公民連携で出し合って取り組んでいるのが「住んでこそ!東山プロジェクト」です。
――そのような魅力を発信するために、具体的にはどのような取組が行われているのでしょうか。
和田野さん 実際に住みやすくするための活動支援としては、「住む魅力を知ってもらう」「住む魅力を体験してハードルを解消してもらう」「実際に住む」の3段階があると考えています。住む魅力に関しては、移住を検討している方たちはもちろん、移住を意識していない方たちに対しても、InstagramやWebサイトで情報発信をしています。
和田野さん まちあるきやお試し居住などを通して、実際に東山区での暮らしを体験してもらって、地域の受け入れなどに対する不安の解消にもつなげたいと考えています。
そして実際に住む段階が一番難しいのですが、民間の市場があるため行政では住宅のマッチングをするのが難しいという課題があるので、空き家活用の取組をされている地域団体につなぐなどして、活動の後押しをしています。
――実際に民間と行政が連携してどのような取組が行われているのでしょうか。
小原さん 区役所の方や地域で活動している色々な方と情報交換をする「協働プロジェクト」が2022年から始まって、私も参加しています。大学の先生方をはじめ、シェアハウス運営をされている方、プロのライターなど、多彩なメンバーがそろっていて。京都と東京の二拠点生活をされている建築士の方は、二拠点だからこそ京都の良さや東京との違いを分かっておられますし、私の知り合いの子育て中のママさんが、子連れで参加した回もありました。
小原さん 普段の仕事だけでは出会えない人と出会えるなど、様々なつながりができてすごく良かったです。同じ目線で動いている人たちであれば自由に参加してもいいので、区内の違うエリアで活動している方とも出会えましたし、「協働プロジェクト」をきっかけに東山区の活動や、まちづくりや空き家問題に取り組んでいる大学の先生たちの活動に関わらせてもらうこともあり、新たな動きが始まる場にもなっていると感じています。
ーー行政側からさまざまな動きが生まれてきた中で、「東山くらしよし」はどのように立ち上がったのでしょうか。
小原さん 「東山くらしよし」は、東山区への移住者を増やすことと、現在住まれている人たちに東山区にずっと住み続けてもらうことを主な目的として活動しています。「めぐる」「泊まる」「住まい探し」の3つのサービステーマで、まちあるきガイド、民泊事業者、そして不動産事業者の私の3人がそれぞれ担当しています。
これら3つのテーマにした理由は、先ほど和田野さんがおっしゃっていたように、実際にまちを巡ってもらって、滞在してもらい、このまちに住みたいと思ってもらう流れを一貫したサービスとしてできたら、もっと安心して東山区を選んでもらえるんじゃないかという思いからです。
――冨浪さんも「東山くらしよし」のメンバーですよね。この取組に参加された背景を教えてください。
冨浪さん 東山区で生まれ育ち、これまでも東山区を拠点に事業などをしてきましたが、私自身は地域の方との関わりは少なく、東山区で生活している実感はあまりありませんでした。曽祖父の代から100年にわたって事業をしている本町通で新たにお店を始めるにあたって、東山区で新しいことをはじめるなら異業種交流会のような場があるよと知人に紹介されたのが、小原さんが開催されていた「ひがしやましゃべくり大作戦」だったんです。
小原さん 東山にいる面白い人ともっと出会いたいという思いから、「ひがしやましゃべくり大作戦」という、東山のまちづくりについて興味のある方が自由に集まって話をしたり、仲間を見つけたりする会を東山いきいき市民活動センターさんと一緒に、2020年から始めました。そこで、ゲストハウス事業の経験があり、民泊を含めた複合施設を開業しようとしていた冨浪さんと、まちあるきガイドができる、東山区在住で京都観光おもてなしコンシェルジュの南さんと出会ったことが、「東山くらしよし」を立ち上げる大きなきっかけになりましたね。
―― 冨浪さんが新しくはじめられた「the kind」は、どのような場所なのでしょうか。「東山くらしよし」でも活用されるんですよね。
冨浪さん 「the kind」はオーガニックがメインの食品の量り売りのお店で、1グラム単位で少量から購入していただけます。その横にはシェアキッチンがあり、一日店長のような感じでいろいろな人がお店に立っていただける場所になっています。また、2階がレンタルスペースになっていて、自由に使っていただけますし、民泊スペースも備えているので「東山くらしよし」のお試し居住のサービスも始める予定です。
――なるほど。他にはどのような活動をされていますか。
小原さん 3つのサービスをやっていくといっても、住まい探しをする人がいきなり「東山くらしよし」を訪ねてくることはありません。まずは入口として、まちあるきや、移住者と定住者をミックスしたような交流会などを開催し、関われる人たちを増やしていこうとしているところです。まずは月に一回、毎月第一金曜日に「くらしよしカフェ」を始めました。これから、まちあるきや、民泊の準備も整ってきたらお試し居住の具体的なサービスを進めていこうという段階です。やり方は違うけれど、東山区役所がInstagramなどで情報発信をしているのと想いは共通している部分があると思います。
―― 「くらしよしカフェ」を開催されて、手応えはいかがでしょうか。
冨浪さん 歩行が困難な方の在宅カットやキッズカットを地域密着でされようとしている美容師の方が「くらしよしカフェ」に来てくださいました。そこで活動をしていきたいけれど、なかなか周知するのが難しいという悩みを持っておられるという話を伺ったんです。ちょうど、私はイベントで使ったかき氷のシロップを余らせていてどうしようかと思っていたので、知り合いや近所の子どもたちを呼んでキッズカットと水遊びとかき氷を融合したイベントをやろうという話になりました。
当日は親子連れなど20名ほどが遊びに来てくれて、大盛り上がりでした!キッズカット中には、お子さんが途中で寝てしまってお母さんに支えてもらうかわいいハプニングもあり、お子さんの元気と笑顔が溢れるとても楽しいイベントになったと美容師さんもおっしゃっていました。
小原さん それぞれの想いが合致した、すごく素敵なつながりが形になった時間でしたね。
――実際に東山区で生活や仕事をされている中で、どのようなまちだと感じておられるのでしょうか。
小原さん 自転車で移動しやすいのと、買い物しやすいお店が多いと感じています。スーパーや商店の店員さんも気さくで人懐っこい方が多く、話していて面白い人たちが多いですね。下町っぽい暮らしが私は好きなので、楽しんでいます。大きなスーパーやショッピングセンターは無いのでドライに暮らしたい人には合わないかもしれないけど、好きな人にはフィットすると思います。
冨浪さん 京都駅や四条河原町に行くのにも便利です。また、私がやっている民泊などの事業は海外の人をターゲットにすることが多いので、観光地が多く外国人観光客が訪れやすいこの地域はすごくやりやすいです。
あと、お店を始めてみたら、地域の人もよく来てくれてますし、応援していただいています。お客さんを連れてきてくれたり、まちのことを案内してくれたりするシーンも見られるんです。お店をするまで気付かなかったけれど、温かいまちだなと感じています。
和田野さん 京都の繁華街から10分ほどの便利さがある一方で、鴨川をのんびり散歩をしたり、河川敷で寝転んだり、川も山も近いので自然の中で遊べるところが魅力だと思います。
小原さんがおっしゃっていたように、フレンドリーなお店が多く、親近感があるところもいいですね。東山は自然環境や人などの魅力が多い代わりに、移住という観点では、例えば子育て世代の広くて安い物件に住みたい、大型商業施設に行きやすい環境に住みたい等の多数派層には受けにくく、魅力を発信しにくい課題もあります。でも東山ならではの魅力があるので、深い愛着を持てば、少々のことでは他のところに移ろうと思わないんじゃないかなとも思います。
――東山の魅力をさらに広めていくために、今後取り組もうとされていることについて教えてください。
小原さん 「東山くらしよし」を立ち上げて、移住や定住に向けて、もっと東山の地域を盛り上げて魅力的なまちにするために頑張っていこうというところです。でも、私たちだけでは力が足りないことがたくさんあります。例えば、家族で移住体験をしたいとなっても、私たちのお試し居住ではキャパが足りないことも出てきます。まだまだ私たちが知らない一棟貸しやゲストハウスを運営している人もたくさんいると思うので、相談先として、色々な人とつながることで、一致団結して東山を盛り上げていきたいですね。
小原さん 2023年12月には、「東山くらしよし」と区役所が連携しながら、東山のさまざまなプレイヤーの方たちとつながる交流会を計画しています。私たちが移住希望者の方たちにどのように出会っていこうかという課題を持っているように、他の方たちも課題を持っている方がたくさんいらっしゃると思います。ただ出会うだけの交流会ではなく、次につなげられる関係性が築ける会にしたいです。同じ東山の方たちと、東山を盛り上げようという気持ちをシェアしてつながることで、強い東山をつくっていきたいと思っています。
和田野さん 区役所としても、もっとみなさんの活動を盛り上げていきたいと考えています。先ほどの協働プロジェクトのように、私たち区役所も知らないけど面白い活動をしているような人がたくさんいらっしゃると思うので、そのような方たちが新たにつながって、連携してさらにいろんなサービスができるような、相乗効果を生む場にしたいですね。
―― 最後に、今後の展望を教えていただけますか。
冨浪さん 2023年12月には、お試し居住のサービスを稼働したいと準備を進めています。移住したいという思いがある人であれば、どなたでもウェルカムです。レンタルスペースもはじめる予定で、広さも立地的にも使いやすい場所だと思うので、うまく使っていただきたいです。
小原さん 「東山くらしよし」の「めぐる」「泊まる」「住まい探し」という3つのサービスを経てゴールに辿り着いてくれる人を、まず一人でもつくろうというのが短期的な目標です。「東山くらしよし」をみんなに知ってもらいたいし、発展させていきたい思いもありますけど、まずは地に足のついた活動からやっていきたいです。
冨浪さんが運営している「the kind」がすごく素敵な空間なので、この場所に引き寄せられて人が増えてきたら、いずれ東山の財産になると思っているんです。まちを巡った人が冨浪さんの民泊に泊まって、シェアキッチンでご飯を食べて、そこに私が住まい探しの打ち合わせに来ていろいろお話して、また会えるような場所にしていきたいですね。
和田野さん 「東山くらしよし」さんの活動は区役所としても理想的で、「ありがとうございます!」というのが正直な思いです。実は、他の団体さんでもお試し居住の事業をやりたいという話を聞くようにもなってきました。
「住んでこそ!東山プロジェクト」としては、区内でこういうことをやりたいと思ってくれる住民の方や事業者の方をもっと増やしていきたいと考えています。活動をする人が増えていって、それを区役所が後押しすることで、インスパイアされる人がもっともっと増えてくるのがいい形だと思います。そしてそういった人たちがどんどんつながっていくのがプロジェクトの理想の姿です。
東山に住むことの魅力を伝えるために、区民や事業者と行政が連携してさまざまな取組が動き始めています。もっと多くの人たちがつながって、移住や定住へ向けた活動の幅が大きくなったとき、”住むまち”東山はより輝きを増すのではないでしょうか。みなさんもぜひ「住んでこそ!東山プロジェクト」の動きに加わりませんか。
編集:北川由依
執筆:南知明
撮影:三輪恵大
住んでこそ!東山